京都地方裁判所 平成11年(ワ)58号 判決 2000年6月29日
原告
株式会社京都人形
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
小村建夫
被告
有限会社ヤマヒロ
右代表者取締役
B
主文
一 被告は、別紙第一目録及び第二目録記載の商品を製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。
二 被告は、前項記載の商品を廃棄せよ。
三 被告は原告に対し、四万四七七〇円及びこれに対する平成一一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
六 一ないし三項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文一、二項同旨
二 被告は、原告に対し、四二〇万円及びこれに対する平成一一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告の権利及び被告の行為(当事者間に争いがない。)
1 原告の意匠権
原告は次の(一)、(二)記載の意匠権を有している(以下「本件意匠権(一) 」「本件意匠権(二)」といい、併せて、「本件各意匠権」といい、その登録意匠を「本件登録意匠(一)」「本件登録意匠(二)」といい、併せて、「本件各登録意匠」という。)。
(一) 意匠登録番号 第九八九一二〇号
出願年月日 平成七年二月一七日
登録年月日 平成九年五月一六日
意匠に係る物品 置物
登録意匠 別紙意匠公報(一)記載のとおり
(二) 意匠登録番号 第九八九一二一号
出願年月日 平成七年二月一七日
登録年月日 平成九年五月一六日
意匠に係る物品 置物
登録意匠 別紙意匠公報(二)記載のとおり
2 原告の類似意匠登録
原告は、平成一〇年法律第五一号特許法等の一部を改正する法律による改正前の意匠法一〇条に基づき、本件登録意匠を本意匠として、以下の類似意匠(以下「本件類似意匠」という。)の登録を得た。
意匠登録番号 第九八九一二一号の類似一
出願年月日 平成七年五月二四日
登録年月日 平成九年五月一六日
意匠に係る物品 置物
登録意匠 別紙意匠公報(三)記載のとおり
3 被告の行為
被告は、別紙第一目録、第二目録記載のまねき猫(以下順に「イ号物件」「ロ号物件」といい、その意匠を「イ号意匠」「ロ号意匠」という。)を製造し、販売し、販売のため展示している。
二 請求の概要
本件請求は、原告が被告に対し、イ号意匠が本件登録意匠(一)に、ロ号意匠が本件登録意匠(二)に類似する旨主張し、本件各意匠権に基づき、イ号物件及びロ号物件の製造販売、販売のための展示の停止とその廃棄(請求一)及び本件各意匠権の侵害に基づく損害賠償として四二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年一月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払(請求二)を求めたものである。
三 争 点
1 イ号意匠は本件登録意匠(一)に、ロ号意匠は本件登録意匠(二)に、それぞれ類似するか。
2 被告が損害賠償責任を負う場合に、原告に賠償すべき損害額。
第三争点に関する当事者の主張
一 争点1(イ号意匠は本件登録意匠(一)に、ロ号意匠は本件登録意匠(二)に、それぞれ類似するか。)について
【原告の主張】
1 本件各登録意匠の要部について
(一) 本件各登録意匠の要部は、大きく丸く口を開けて笑っている表情を有する点であり、これは、従前の公知ないし周知意匠になかったものである。
(二) 乙四(C作成名義の証明書)記載の招き猫が本件各登録意匠出願前に公然知られていたものであるとしても、口を少ししか開けていない。
乙六(日本招福縁起物研究会編「開運! 招福縁起物大図鑑」平成九年一月二五日発行)に掲載されているD(昭和三四年没)製作の創作まねき猫は、口を細く横に長く開けており、狐顔に近い。
したがって、いずれも原告主張の点を要部と認定する妨げになるものではない。
2 本件各登録意匠とイ・ロ各号意匠の対比について
(一) イ・ロ各号意匠の招き猫は、いずれも、大きく丸く口を開けて笑っている。
したがって、イ・ロ各号意匠は、本件各登録意匠と要部を共通にし、類似するものというべきである。
(二) 被告主張の本件各登録意匠とイ・ロ各号意匠の差異について
(1) 首輪、鈴、眉、目、手の長さについて
本件登録意匠(一)とイ号意匠では首輪、鈴及び手の長さは全く同一である。眉、目も違いは少なく類似している。
(2) 耳、ラベル、爪、頬、髭について
被告の商品には、耳が小さく、耳と耳の間が広い商品もあるし、ラベルのない商品もあるし、髭も三本もあれば四本もあるから、本件各登録意匠とイ・ロ各号意匠におけるこれらの点の差異をもって、非類似であるとすることはできない。なお、頬の膨らみの程度についての差異は、写真の写し方によるものである。
(3) 斑点について
本件登録意匠(一)とイ号意匠は黒色の丸を橙色の丸で囲っているという点で共通している。
(4) 口について
被告は、イ・ロ各号意匠の口が小さい旨主張するが、本件登録意匠(二)の口の大きさに一致するものである。
【被告の主張】
1 本件各登録意匠の要部について
「口を開けて笑っている」というのは表情(仕草)についてのことであり、人によって感じ方は異なり、意匠(形状)の概念にはなじまない。
また、本件各登録意匠出願前に公知となっていた口を開けて笑っている招き猫の意匠としては、乙四記載のC販売にかかる三種類の招き猫(販売開始時がそれぞれ平成三年一月一四日、三月五日、三月九日のもの)及び乙六に掲載されているD製作の創作まねき猫がある。
したがって、原告主張の表情は、要部とはなり得ない。
2 本件各登録意匠とイ・ロ各号意匠の差異について
本件各登録意匠とイ・ロ号各意匠において、すべての意匠、形状(線と面)が重ならなければ意匠権を侵害しているとはいえない。
しかるに、別紙「対比表」記載のとおり、本件各登録意匠とイ・ロ各号意匠は線と面の一致するところは一点たりともない。
二 争点2(被告が損害賠償責任を負う場合に、原告に賠償すべき損害の額)について
【原告の主張】
1 被告は、平成一〇年六月から一二月まで、イ号物件及びロ号物件を月間約三〇〇〇個販売した。一個当たりの販売価格は平均八〇〇円であり、利益率は二五パーセントであるから、被告はこの間四二〇万円の利益(粗利益)をえた。これが意匠法三九条二項により原告の受けた損害と推定される。
仮に同項にいう利益を純利益と解するとすれば、利益率は八パーセントであるから、被告は右期間一三四万四〇〇〇円の利益を得、これが原告の受けた損害と推定される。
2 仮に被告がイ・ロ各号物件の販売により利益を得ていないとすれば、相当な実施料は販売価格の五パーセントであるから、原告は意匠法三九条三項に基づき八四万円を自己が受けた損害として請求する。
【被告の主張】
1 イ号物件、ロ号物件とも大小二つのサイズがあり、大は原価二二四円、販売価格二八〇円、小は原価一四〇円、販売価格一七五円である。また、そのほか、企画費用(デザイン、原型、種型、試作、捨型、ケース型、カタログ広告、通信等)につきイ号物件(大)及びロ号物件(大)につき各二〇万円、イ号物件(小)及びロ号物件(小)につき各一八万円を要している。
2 平成一〇年五月から平成一一年三月までのイ号物件(大)の出荷数は一三七四個、原価合計は三〇万七七七六円、売上合計は三八万四七二〇円、粗利益は七万六九四四円、純利益はマイナス一二万三〇五六円、イ号物件(小)の出荷数は二一六八個、原価合計は三〇万三五二〇円、売上合計は三七万九四〇〇円、粗利益は七万五八八〇円、純利益はマイナス一〇万四一二〇円、ロ号物件(大)の出荷数は一二五七個、原価合計は二八万一五六八円、売上合計は三五万一九六〇円、粗利益は七万〇三九二円、純利益はマイナス一二万九六〇八円、ロ号物件(小)の出荷数は二一五〇個、原価合計は三〇万一〇〇〇円、売上合計は三七万六二五〇円、粗利益は七万五二五〇円、純利益はマイナス一〇万四七五〇円である。
総売上高は一四九万二三三〇円、粗利益合計は二九万八四六六円、純利益合計はマイナス四六万一五三四円である。
第四争点に対する判断
一 争点1(イ号意匠は本件登録意匠(一)に、ロ号意匠は本件登録意匠(二)に、それぞれ類似するか。)について
1 本件各登録意匠及び本件類似意匠並びにイ・ロ各号意匠の各構成態様
(一) 本件各登録意匠について
(1) 基本的構成態様
① 本件登録意匠(一)は、両手を上に上げた招き猫であり、同(二)は、右手を上に上げた招き猫である。
② 大きく丸く口を開けている。
③ 目は円弧状の線で表されている。
④ 体表に斑点がある。
⑤ 鈴のついた首輪をしている。
⑥ 本件登録意匠(二)は、左手で体躯の高さのほぼ半分に及ぶ大きな小判二枚を上から支えている。
(2) 具体的構成態様
① 眉は円弧状でやや垂れている。
② 耳の内側が着色されている。
③ 鼻は黒く塗る形で表現されている。
④ 斑点の位置は、本件登録意匠(一)においては、頭頂部、両手の肘、腹部、左膝であり、同(二)においては、頭頂部、右手肘、左右膝である。
⑤ 左右各四本の髭がほぼ平行に配されている。
⑥ 顔の高さ(耳の部分を除く。以下同じ。)に占める口の高さの割合は、本件登録意匠(一)において約四六パーセント、同(二)において約三九パーセント、顔の幅に占める口の幅の割合は、右(一)において約三一パーセントであり、同(二)において約三三パーセントである。
⑦ 体躯全体の高さ(耳の部分を含む。以下同じ。)に占める上げた手の高さ(手の甲の上端から腋の下まで。以下同じ。)の割合は約五〇(本件登録意匠(二))から五五パーセント(本件登録意匠(一))である。
(二) 本件類似意匠の構成態様
(1) 基本的構成態様
右手を上に上げた招き猫であり、その他は、本件各登録意匠の基本的構成態様②ないし⑤と同様である。
(2) 具体的構成態様
斑点の位置が頭頂部、左右の肘であり、左右各三本の髭がほぼ平行に配されている他は、本件各登録意匠の具体的構成態様とほぼ同様である。
(三) イ・ロ各号意匠の構成態様
(1) 基本的構成態様
① イ号意匠は、両手を上に上げた招き猫であり、ロ号意匠は、右手を上に上げた招き猫である。
② 大きく丸く口を開けている。
③ 目は円弧状の線で表されている。
④ 体表に斑点がある。
⑤ 鈴のついた首輪をしている。
⑥ 腹部に札が貼ってある。
(二) 具体的構成態様
① 眉は、イ号意匠は、直線的でややつり上がっており、ロ号意匠は、円弧状でやや垂れている。
② 耳の内側が着色されている。
③ 鼻は穴まで表現されている。
④ 斑点の位置は、両手肘、両膝である。
⑤ 左右各三本の髭がやや放射線状に配されている。
⑥ 顔の高さに占める口の高さの割合は、イ号意匠は、約四〇パーセント、ロ号意匠は、約三八パーセントであり、顔の幅に占める口の幅の割合は、イ号意匠は、約二四パーセント、ロ号意匠は、約二七パーセントである。
⑦ 体躯全体の高さに占める上げた手の高さの割合は約四五(ロ号意匠)から四七パーセント(イ号意匠)である。
2 本件各登録意匠と本件イ・ロ各号意匠の類否について
(一) まねき猫は小売商を通じて一般需要者に販売されるものであるから、その類否の判断は、取引者及び一般需要者を基準とすべきである。そして、その置物としての性格上、正面からの全体的観察により、看者のもっとも注意を惹く構成態様である要部が類似しているときは、視覚を通じての美観を同じくするといえるから、類似しているというべきである。
(二) そこで、本件各登録意匠の要部を検討するに、前記の各具体的構成態様及び基本的構成態様のうち、①、④ないし⑥は、出願当時において、招き猫のデザインとしては、需要者がしばしば目にするありふれたもの(公知意匠ないし周知意匠)といえるから(E著、F写真「郷土玩具招き猫尽くし」〔平成一一年四月二〇日有限会社風呂猫発行〕甲四)、これらを要部と考えることはできない。そして、右甲四の記載及び本件各登録意匠と本件類似意匠の構成態様との共通部分を参酌すれば、本件各登録意匠の要部は、基本的構成態様の②及び③の結合により、大きく口を開けて笑っている表情にあるというべきである。
被告は、右表情は、本件各登録意匠の出願時、既に、公知あるいは周知であった旨を主張する。しかし、証拠上、基本的構成態様②に相当するものが右時点で存在していたと認めることはできない。また、甲四及び乙四によれば、右時点において、基本的構成態様③と同種の構成を有する意匠が既に存在していたことは認められるが、基本的構成態様②と③の結合により、大きく口を開けて笑っている招き猫を表現したものが存在していたものと認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告の右主張は理由がなく、要部についての右認定・判断を左右するものではない。
(三) 右認定した要部について、本件登録意匠(一)とイ号意匠及び本件登録意匠(二)とロ号意匠との類否を検討するに、前記認定したイ・ロ各号意匠の構成態様によれば、本件各登録意匠とその要部(基本的構成態様②及び③の結合による表情)において類似することは明らかであり、ひいては全体としても美感を共通にし類似するものというべきである。
本件各登録意匠とイ・ロ各号意匠とは、意匠全体に占める口の割合が若干異なるが、いずれも公知意匠に比べればはるかに大きく口を開けているという点では共通するのであるから、類似性についての右認定・判断を左右するものではない。その他、本件各登録意匠にはイ・ロ各号意匠の基本的構成態様⑥に該当するものはなく、斑点の位置(具体的構成態様④)等具体的構成態様においても異なるものがあるが、これらも、要部における前記類似性を損なうに足りるものではない。
二 争点2(被告が損害賠償責任を負う場合に、原告に賠償すべき損害の額)
1 意匠法三九条二項が適用される場合は、推定規定により、侵害品の販売により侵害者が得た利益の額を権利者の受けた損害と主張してその賠償を請求するものであるところ、権利者の側においては初期投資を終了しており、権利の実施品の販売をすることにより販売費、一般管理費が増える状況にないとしても、侵害者の側では、侵害製品を製造販売して利益を得るために販売費、一般管理費などを現実に支出するのであるから、これを控除すべきである。
2 そして、弁論の全趣旨によれば、イ号物件、ロ号物件とも大小二つのサイズがあり、大は原価二二四円、販売価格二八〇円、小は原価一四〇円、販売価格一七五円であり、被告の主張する費用を要し、その主張のとおりの出荷数、粗利益、純利益を計上していることを認めることができるのであって、これによれば、被告の平成一〇年五月から平成一一年三月までの純利益合計はマイナス四六万一五三四円であることになる。
そうすると、本件においては原告の損害と推定される被告の利益はないといわざるを得ない。
3 弁論の全趣旨によれば、本件各意匠権についての相当実施料は三パーセントであると認めるのが相当である。そうすると、実施料相当損害金は四万四七七〇円となる。
三 結 論
よって、原告らの請求は、主文一ないし三項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとする。
(裁判長裁判官 赤西芳文 裁判官 本吉弘行 裁判官 鈴木紀子)
<以下省略>